
冨田 朱璃
Shuri Tomita
2020年 新卒入社
工事部 土木施工管理
腰に巻いているのは、
ただの作業用ベルト。
ヒーローみたいに変身はできない。
けど、
なんか変われる気がするんだ。
「趣味のために稼ぎたい」。それだけのはずだった。
現場でぶつかったのは、言葉が通じないもどかしさと、感情をむき出しにしてしまう自分自身。
怒鳴り声の向こうで響いた、先輩のひと言。
「そんな態度じゃ、仕事をもらえなくなるぞ!」。
傷つきながらも、
逃げずに立ち向かった先に見えてきたのは、
主担当としての責任と、現場を動かすよろこび。
自分の未熟さに向き合いながら、
変身できる日を信じて、彼は現場へと走り出す。

広い部屋に住みたい。飾りたいものを、飾りたいだけ、
飾れるくらいの。
昔から特撮ヒーローが好きで、仮面ライダーやウルトラマンをTVにかじりついて観るような子どもでした。いまでも変身ベルトやフィギュアをコツコツ集めています。でも、いま住んでいる部屋は、本気で収集をするにはちょっと手狭で。新しいアイテムを仕入れようとすると、どれかを手放さないといけません。だから、もっと稼いで、もっと広い部屋に住みたい。それが、仕事のモチベーションなんです。
ずっと趣味に生きてきたから、進路や就職先を選ぶのも成り行きまかせでした。地元の工業高校の土木科に入ったのも、兄と父が通っていたからという単純な理由で、とくに土木業界を志していたというわけではありません。そんな自分が、とだか建設と出会ったのは、高校三年の春休みのことでした。先生に紹介されて、現場見学に行ったんです。最初は、イカつい職人たちが黙々と作業しているような現場を想像していたんですが、実際はまったく違っていて、年齢の近い先輩たちが和気あいあいと働いている。そんな明るい雰囲気の現場でした。しかもその日は、普段は人事担当がする会社説明を、富田社長が自らしてくれました。「名前が似てたから来てみた」と笑いながら、たかが一人の高校生のためにわざわざ時間を割いてくれたんです。それが妙に嬉しくて。正直、そのときも深く考えていたわけじゃありません。うまく表現できないけど、「もう、ここでいいや」って、その場で心を決めました。


その言葉は、まるで
ライダーキックのように。
施工管理という仕事のこともよくわからずに入社した自分にとって、現場は何もかもが未知の世界でした。作業の段取りを組むのも、書類を作成するのも、思った以上に業務の幅が広くて…。特に1〜2年目は、自分が何をやっているのかさえ分からず、先輩に言われるままに、ひたすら目の前の業務を追いかける毎日でした。いろんな先輩の下で、工期の短い案件をいくつも経験するうちに、ようやく仕事の全体像や流れが見えてくるようになったかと思うと、また新たな壁にぶつかりました。
地中深くに埋まった古い電力ケーブルの撤去工事を担当したときのことでした。先輩の鎌田さんが主担当で、自分はそのサブとして現場管理を任されました。普段以上に安全管理が厳しい現場だったのですが、作業員さんたちには事前にきちんと注意喚起をしていたつもりだったのに、うまく伝わっていなかったのか、思いどおりに動いてもらえなかったんです。そのとき思わず「もっとちゃんとやってくれよ!」と、感情のままに言葉をぶつけてしまいました。
実は、それまでにも同じようなことが何度かありました。人とのコミュニケーションはあまり得意なほうではないんです。昔から、趣味の特撮ヒーローにのめり込んでばかりで、話が合うのは兄くらい。友達も少ない自分にとって、作業員さんたちとのやりとりは、大きなハードルでした。
僕の怒鳴り声を聞いた鎌田さんが、すぐにやってきて言ったんです。「お前は感情を表に出しすぎだ。そんな態度じゃ、仕事をもらえなくなるぞ!」って。その言葉が、胸に刺さったんですよね。まるでライダーキックを受けたみたいに。あのときの自分は、ちょっとした“怪人”になっていたのかもしれません。

掘り起こされたのは、自分の中に埋まっていた未熟さだった。
電力ケーブルの撤去工事は、想定よりも長期の現場になりました。対象のケーブルは地中7メートル以上の深さに埋まっていて、しかも地盤がガチガチに固まっていたせいで、重機を使ってもなかなか掘り進めることができませんでした。何度も工事を中断させられましたが、おかげで鎌田さんと過ごす時間が長くなり、たくさんの学びを得ることができました。だんだんと自分の態度や接し方、言葉の選び方を見つめ直して、相手の立場になって考えることができるようになったと思います。少しずつ変わっていく自分に、鎌田さんも気づいてくれて、「最初に比べたら、ずいぶん良くなったな」と言ってくれたときは、やっぱり嬉しかったですね。
何度かの中断をはさみながらも、ようやくケーブルにたどり着いたのは、施工開始から2年ほど経った頃でした。ついに撤去できると思っていたのですが、専用のマシンで引っ張ってもびくともしませんでした。それからまた検討を重ね、最終的には撤去を断念し、防護処置を施したうえで埋め戻すという判断になりました。一抹の悔しさは残りましたが、あの現場は、自分の中に埋まっていた未熟さを掘り起こしてくれた、大切なターニングポイントだったと思います。そして、そのあと、ついに自分も主担当として現場を任せてもらえることになったんです。
仕事は、趣味のためにお金を稼ぐ手段だった。いまはたぶん、それだけじゃない。
初めて主担当を任されたのは、以前の現場と同じく、電力ケーブルの撤去工事でした。きっと、前の現場での経験をふまえて、また似たような環境を会社が用意してくれたんだと思います。それでも、工程全体を自分一人で組み立てて、現場を回すというのは想像以上に大変で、正直、何度も心が折れそうになりました。最初は元請けとのやり取りもうまくいかず、情報共有の食い違いで叱られたり、以前だったら感情的になっていた場面もありました。そんななかでも、自分から提案したことがカタチになった瞬間もありました。当初、予定されていた工法は、現場の立地やスペースを考えると現実的ではありませんでした。そこで、自分から省スペースで施工できる「円形ライナー立坑」への切り替えを提案したんです。「それ、いいね」とその場で受け入れてもらえて、実際の施工もスムーズに進みました。もちろん、自分の提案が採用されたことも嬉しかったのですが、それ以上に、対等に意見を交わせる関係性を築けていたことが、自分にとっては何より大きな一歩でした。無事にその現場が終わったあと、また別のケーブル撤去案件でも指名をもらって。もうすぐその現場がはじまります。こうやって少しずつ、自分の力で現場を動かせるようになってきて、だんだんこの仕事の面白さがわかるようになりました。
とはいえ、僕はいまだって、趣味に生きる人間なんですよ。働く理由は、趣味のために、広い部屋に住みたいから。けど、いまはたぶん、それだけじゃないんです。ヒーローみたいに華やかに“変身”できたわけじゃないし、まだ途中なんですけど、僕はこれから、もっと変わっていけるような気がしてるんです。





